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2013年1月17日 (木)

そして、新たに見つけ出すべきものが何ひとつないとしたら?

今というこの瞬間。後も、明日も、必要ない。もしも神さまと呼ばれる何かが存在したら、それはそこに、今、わたしの目の前にいる、今もずっと、これから先もずっと、いつだって今。

じゃあ仮に、神さまがそこにいるのが、わたしにはわからないとしよう。そうしたらわたしは“明日”を考え、その次の日のことを考える。紀元1000年にも、2000年にも、2012年にも、ハワイにいても、ヒマラヤでも、どこかよその場所でも同じ。ずっと、何かを探すことに自分の時間を費やしてしまうだろう。まるで空気を探すみたいに。わたしは自分の隣にいる人を見つめ、その人はしっかりと呼吸をしている。なのにわたしはそこにいて、呼吸するための複雑な方法を作り出してしまうんだ。さらなる何かを手に入れようとして...だけどさらなる何かって?

さらなる“プラーナ”、さらなる“マナ”...そんなのってばかばかしい。時間の無駄だ。愛する恋人に膝枕してもらいながら、その女性がいつ扉をノックして自分のところにやって来るのか、いらいらしながら待ってる男のようだ。

馬鹿げてると思うでしょう?だけどわたしたちはもっとひどい。ちゃんと内側にいながら、外側や裏側、どこか違う場所があると信じてる。ほんとうは全部が、“外”と呼ばれる場所さえも含めて、全てが内なのに。

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コメント

深いですね。確かに私たちは外側に求めすぎているのかもしれません。私たちは神様の内側にいて守ってくださっているのに、悪あがきをしているような気がします。

投稿: Yuka | 2013年1月18日 (金) 07時47分

よく理解できない。もう少し、分かりやすく説明して欲しい。理解したい。

投稿: つかさ | 2013年1月22日 (火) 19時42分

理解できあい場合はまだそういう時期になっていないんじゃないかな?
大丈夫!あなたにぴったりの時期がきたらわかるようになるかもしれないですね。
わりこんでごめんなさい。

投稿: s | 2013年1月23日 (水) 00時40分

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