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2008.07.11

マネーマネーマネー

シュワシュワシュワっと喉元で、スプリッツァの泡がはじけた。私はグラスをサイド・テーブルに置くと、足を延ばし、ソファに横たわった。そして、うつらうつらと目を閉じながら、自分のまわりの世界を見て、満足そうにこう思ったんだ。

「そう!この世界は、私が選んだ世界。私が作った世界。今、私は知っている。本当はみんな魔法使いだってこと。それを知っている人たち。それを知らない人たち。その差は大きい。だって、知らない人たちは、無意識のうちに自分でかけた呪縛にとらわれているんだもの。昔の私がそうだったようにね。

“人生は楽しいことだけじゃない”“生きるために闘わなくては!”“それはムリ”…そんな考えは呪縛以外のなにものでもない。そこから自分を解放するには、考え方を変えればいいだけなんだ。そうだったよね?PJ。

だけどね、もうひとつだけ、モヤモヤしている問題がある。それは…実は、お金のこと。」

私はいつの間にかPJに話しかけていた。

「私は専業主婦でしょ。このままでいいのかな。自分が使う分くらいは自分で稼ぎなよって、昔の私は思っていた。今の私は…わからない。お金のために働くべきなのかな。」

すると、ふいに体の内側から笑い声が聞こえてきた。私にはその意味がわかっていた。これは軽蔑の笑いなんかじゃない。「リラックス、リラックス、ベイビー。もっと肩の力をぬいて」と言っている。

「ディア・ママゴン。その質問は、お金についてのことじゃないでしょう?それは、幸せについてのこと。もしくは、本来あるべき自分のライフスタイルについてのことじゃない?

なにかまだ今の状況で変えたいことがある?家のこと?デコレーションのこと?それは、専業主婦では成しえないこと?

ママゴンの内なる声は、もっと大きく羽ばたきたいと言っている?これが本当の質問でしょう?そのことがはっきりわかれば、答えを得ようとお金の質問をする必要はないです。おのずと答えはやってきます。」

確かに!お金のことじゃなく、今の自分のライフに足りないものがまだなにかある。私はPJの答えに打ちのめされた気分でいた。なのに、もうすでに新たな質問が頭に浮かんできていた。

「じゃあPJ、もしもっとお金が必要でも、私、お金が来るのをただ待っていればいいの?だって、宇宙は私が必要なものはすべて与えてくれるんでしょ?」

「目的がなければ、お金は意味のないものでしょう。宇宙はそういうものをあげることはできないです。だけど一旦目的をはっきりと持てば、それが心から必要なものであれば、宇宙は手助けしてくれます。

ある時は、それは必要なお金かもしれない。ある時は、その目的を実現するための状況かもしれない。

例えばだけど…話せば長くなるから手短に言うけど、僕はこのカフェのキッチンに一銭のお金も出していない。これを始めた時に宇宙からもらったプレゼントです。

ママゴン、ホンモノのお金持ちの人たちの特徴のひとつは、“意識”なんです。自分たちは無限だという意識です。彼らは、個人的な経験から、夢はどんな時でも叶うということを知っています。彼らはこの考えを、親から、友人から、本から、あるいは心の叫びから得ていて、それを心底信じています。

自分はお金持ちじゃないと思っている人たちは、客観的にみるとお金があるのに、自分たちの内面に限界を感じている。だから、もっと安全でいるために、もっとお金が欲しいと思っています。

でも想像してみて。誰が100%安全でいられる?彼らの過去を見てみれば、親の代のビリーフ・システムの中に、“お金がないとできない”という類のたくさんの観念を見つけることができるでしょう。これは、宗教になります。お金は、ライフを支配する冷たく恐ろしい神になります。

実際にはお金の問題なんて存在しない。その裏側にいつも本当の問題が隠されています。

あなたを生き生きと喜びに満たしてくれるものは何?というごく日常的な質問をしましょう。ママゴン。そして知っての通り、答えは私から出てこない。それぞれが皆、自分でその答えを得ないとね。」

そう言い終わると、笑ったPJの顔がフェイドアウトしていった。私はテレビの番組がちょうど終わったことに気がつき、スイッチを消して立ち上がった。

「私を今ワクワクさせるものは何?…そう、眠ること!」私は苦笑いを浮かべてバスルームに向かった。鏡の中でシャカシャカシャカと歯磨きする自分の顔を見つめると、内なる声がこう言うのだった。

「ねえ、あなたって案外セクシーなんじゃない?」

「フフフ…そうなの。」

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2008.07.10

神様の望み

ジャンときたら、本当に欲張りなの。いつだってなにかを欲しがっていて、遠慮っていうものがないんだ。

この間も、旅先から「なにか欲しいものはない?」って電話で聞いたら、他の子は「なんでもいいよ」だったけど、ジャンだけは「缶ジュースを買ってきて」だった。

缶ジュースよ!飛行機に乗って、海を渡ってわざわざ持ってくるようなものじゃないでしょう?だけど、私ったら、スーパーマーケットで珍しい缶ジュースを見つけて、それを買って帰ったんだ。きっとジャンは喜ぶだろうなって思いながら。

その時、思った。「あれ?やっぱり願いは叶うじゃない!」ってね。そしてPJが言っていたことを思い出した。

「宇宙はいつだって完璧です。なのに、なぜ人は神社や教会に行ってお祈りをするんでしょう?お祈りをしない人の言うことは聞かない、なんていうケチな神様はいないでしょう。お賽銭が少ないからと言って願いをきかないような小さな神様もいないですね。いつだって自分のそばにいて願いを叶えてくれます。」

「本当にそうかしら?なんでも?」私は疑いのまなざしでPJを見つめた。

「本当にほしいものは、必ずやってくる。もしやってこないとしたら、どこかで自分を信じていないからですね。自分のセンターはどこ?

右に行く?左に行く?どっちでもいいよと思っていたら、願いは定まらない。右の手、左の手を合わせて、まっすぐココと決める。それがお祈りじゃない?

お祈りする時、なんでもいいお願いなんてしてないでしょう。なにかにちゃんとフォーカスしています。だから神社や教会でお願いすることはいいことです。

でも、“アイスクリームを食べたい”という願いは、どこからくる?

神様は、自分でアイスクリームを食べることができないでしょう?神様の道具であるママゴンを通して神様はアイスを食べます。」

はあ…。

「僕たちはみな、神様の表現です。ママゴンがアイスを食べたいのは、神様の望み。神様の望みはすべて僕たちを通して叶えられる。だから、他人のことなんか気にしなくていいですね。わがままでもいい。」

そう!そうPJは言ったんだった。その通りだわ!ちょっと低次元なお願いではあるけれど、ジャンの願いはいつも叶っている。どんなわがままなお願いもね!

どっちでもいい。なんでもいい。と思っている限り、自分の願いは叶わないよってこと、ジャンが身を持って教えてくれているのかな。これって確かに真理!

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2008.07.02

YES のパワー 

去年の夏、生死をさまよった父を、先月、カリフォルニアへ呼んだ。実は本人、来る前から不安がっていたんだ。度重なった大病で、体が以前のように動かなくなってしまったこと、そして胃を摘出したせいで、食事のあり方が変わらざるおえなくなったことで、父はとまどい、あきらめ、徐々に気力を失っていたようだった。

「あれは食べられない」「これは無理」「あれはいや」「これはダメ」と頑ななまでに、自分ですべてにNOを突き付けていたんだ。結果、食事は酢飯にサーモンのお刺身だけ。母の話では、毎日3食ともそれを食べていたらしい。

ウォーキングが大好きだった人が家にこもるようになり、歩く姿はヨチヨチ、手すりに頼らずには不安で歩けないという様子だったという。実際、カリフォルニアに来た時の父は、絵にかいたような老人そのものだった。

ところがね、魔法が働いたんだ。そう!父が自分で魔法の言葉を使ったの。はじめは、多分恐る恐る。そしてだんだんに勇気がわいてきたんじゃないのかな。

子供たちがはりきってお料理を作ってくれたのも、キッカケになったと思う。セピお得意のスコーン。ジャンの手作りフルーツ&杏仁豆腐。マーチのスクランブル・エッグ。・・・孫たちの料理に、父は"Yes"と言わざるおえなかったのかもしれない。

夏休みに入ってから、毎朝ジョギングをしていた子どもたちを見て、父は歩くことにも"Yes"と言ったのだ。早起きなんて全く苦手だった父が、朝6時に起き、私たちと一緒に歩きだしたのだった。

夕日に照らされた美しい山のシルエットに「感動した」と父が言えば、パパゴンは「じゃ、山まで行ってみましょう」と、父を山に連れだした。父はそこでも"Yes"と言ったんだ。

魔法の言葉"Yes"を言っただけで、父は素晴らしい景色、様々な食べ物を楽しむことができた。その結果、どうなったか。想像がつくでしょう?

顔色もよくなり、生き生きと輝き、階段まで!手すりなしでヒョイヒョイと普通に歩けるようになった。それは、私にとっては奇跡を見るような喜びだった。

PJ、あなたの言ったとおりだったね。私たちは何でもできる。できないのは、できないと信じている自分の心が作った壁のせいなんだね。父はそれを証明して見せてくれたんだ。PJ、ありがとう。そして、父にも、ありがとう。

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2008.06.16

あれはホンモノかどうか

時計の針は12時を過ぎている。パーティの余韻にひたりながら、ひとり冷たいお水でグラスを洗っているこの静かな時間が、私は案外好きだ。

心地よい疲れの中で、私はPJのこと、PJカフェのことをぼんやりと考えていた。私の現実の世界に突然現れたり、消えたりする、あの不思議な時間と空間のこと。それに、この間現れた祖父母のことも気になっていた。

一体あれは現実だったのか、夢だったのか。

するとシンクから、ドロロロ~ンとPJが出てきた。まるでアラジンの魔法のランプから出てきたジーニーみたい!

「ハハハ…ママゴン!また現実と夢の間にある未知の世界を探ろうとしていますね。現実とはホンモノで、夢は幻だって、まだ思っているでしょう?

今や魔法について多くのことを習得したママゴンだけど、その違いについての考えを捨てない限りは、ライフが差し出してくれるのものの可能性を存分に楽しむことはできない。

さあ、ママゴン。あなたが今まで楽しんできたことのすべては、いつやってきたのだろう?」PJはいつものように、笑いながら難問をふっかけてくるのだった。

「いつってどういうこと?わからないわ。」

「ハハハ…すべては、夢の中、自分のハートの中からスタートしています。全部、すべてです!自分のライフに起きたよいことすべては、個人的な夢から始まっていますね。

もしこれが、現実という感覚からスタートしたとしたら…はっきり言えることだけど、間違いなくあなたはフラストレーションを抱え込んでいるだろう。

うん、こんな例はどうかな。ママゴンはある男の人とデイトをしたいと思っている。カレの腕に抱かれたいと思っている。もうすごく体が熱くなる感じ…

(mmmm~ロマンティックで情熱的なPJワールドね(笑)!)

でも、お母さんが“あの人はあなたにはふさわしくないわ。もっと、コレコレシカジカ…の男の人を選ぶべきよ”とかなんとか言います。さあ、どうなる?もし、お母さんの言うとおり論理的に正しいと思われる相手を選んだら、どんなことが起こるだろう?

夢とは、ライフを熱くする力でしょう。魂の真理を表現することでしょう。私は今、ここにいます。現実にここにいるかどうかを知ることって本当にそんなに大切?なにが本物なの?

じゃ、今度はどう思う?僕が生命保険を売ろうとしている夢をママゴンが見たとしよう。ママゴンはこのPJは偽物だって思うでしょう?なぜなら、あなたのイマジネーションの中でも、現実の中でも、同様のことを感じているからなんだ。―PJに生命保険なんて退屈だよって(笑)。

そうです、たった今から、違いを作り上げるのをやめましょう。自分がいい気分と思っているものはすべて現実です。グランパが僕みたいに話したよね。あれは、グランパがママゴンの真実を表現したのです。

ママゴンがこの重要な原則を理解したなら、必要な答えを持っている人にいつでもコンタクトをとることができるとわかるでしょう。ママゴンはただ座って、目を閉じ、”PJお願い、質問があるの”って言ってください。

ママゴンがリラックスすれば、僕はいつでもそこにいます。カフェもそこにあります。必要とあらばネコもね。グランパを呼んでもいい。仏陀でも、ジーザスでも、誰でもいい。あなたが知りたいことはなんでも聞いて。そして待つ。頭を使おうとしないで。夢は解き放たれ、ある時、自分が知りたかった答えを教えてくれるでしょう。さあ、やってみて!」

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2008.06.05

慰めて

こう言っちゃあなんですけど、私ってけっこう痛みには強いし、我慢強い方なの。急性盲腸の時だって、自分で車を運転して病院に行っちゃったんだから!(ってイバッテどうする!)

でも、今回はかなりこたえている。キレイになるぞって意気込んで、歯の矯正がいよいよ始まったんだけど、これが…痛い。すごく痛い。フエ~ンって泣きたいくらい痛い。食欲はあるし、お腹もすいているのに、口の中が痛くて食べられない。その上、食べたら食べたで、歯磨きが異常に大変なんだ。気軽につまみ食いなんてできないの。

こんなチッポケなことなのに、エネルギー急降下。できれば外に出たくない。人に会いたくない。しゃべりたくない。でも、ものすごく誰かに慰められたい。「かわいそうにねえ」って、昨日私の頭をポンポンなでてくれたパパゴンのいい加減な慰めですら、すごく効果があった。

さて、魔法使いの私としては、これを泣きごとで終わらせてはいけないよね?これにどう対処すれば?PJに聞けば、「ママゴンはまたジェットコースターに乗りに行きましたね」って笑われそうだな。

えっと、ここから学んだこと。人が泣きごとを言ってきたら、それがどんなにチッポケなことであったとしても、叱咤激励じゃなく、あたたかく慰めてあげよう。慰めの言葉こそ、癒しのパワー。

と、思っていたところに、ジャンが私のところにやってきてこう言った。「唇が痛くてこれ以上トランペットの練習ができない」

これって、私の前に訪れた絶好のエクソサイズ!なのに、私ったらまたしてもこう言っちゃった。「じゃ、少し休憩しなさい。30分で唇が痛くなっちゃうんじゃ、バンドでやっていけないよ。」って…もうバカバカ!こう言う時は、いくつになっても効くおまじないを言わなくちゃ。「イタイノイタイノ、飛んでイケ~」だよね?

まだまだまったく修行足りないです。ジャンに謝って、明日はPJカフェに行こう。コンフォート(慰め)スープを作ってもらうんだ。

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2008.05.24

いい人になりたい

学校から帰ってきたばかりだというのに、もう大きな声でケンカをしている息子ふたり。最後のひとつのアイスクリームをさっき兄のジャンに譲ってあげたマーチが泣いている。なんでも、最後の一粒のキャラメル・コーンもジャンにとられちゃったらしいんだ。

「僕ががまんしてアイスを譲ってあげたんだから、ジャンは僕にキャラメル・コーンを譲ってくれてもいいじゃない」というのがマーチの言い分。

「だって、“最後のアイス食べていい?”って聞いたら、マーチが“いいよ”って言ったんだよ。キャラメル・コーンだってこれが最後なんて知らなかったんだよォ」というのがジャンの言い分。あ~くだらない。

「すごいね、マーチの方が譲ってあげるなんて、お兄さんみたいだね。優しいのね。」って、私も確か、マーチがジャンにアイスを譲ったときに言ったんだった。こういう時って、昔の私だったらジャンに向かってこう言っただろう。

「どうしてマーチの気持ちがわからないの?」ってね。でも、私はマーチにこう聞いたんだ。「最後のアイス、本当はマーチも欲しかったんじゃないの?どうして、譲ってあげたの?」

「ぼく、ぼく・・・いい人になりたかったんだ(号泣crying)。親切な人になろうとしたんだよ(さらに号泣cryingsweat01)」って。めちゃくちゃベタな、正直な表現やねえ。ん?でもこれって私似ってこと?

以前PJに、“ママゴンはいい人ですねえ”ってからかわれたことがあった。人の気持ちを勝手に考えて、良かれと思って勝手に行動している“いい子ちゃん”。PJはもちろん、意地悪で言ったわけじゃなく(多分)、「自分のライフにフォーカスして、そのことに責任を持つこと」「人のライフを変えることはできない」ってことを教えてくれたんだった。

「人のためにいいことをやったのに、見返りをどこかで期待しているとしたら、それは本当の“いいこと”じゃないんだよ。ほしかったら、“僕もアイスがほしい”って言った方がいい。そうすれば、そこから、二人で解決策を見つけることができるでしょう?がまんするっていうのは、ちっとも“いいこと”じゃないの。」

私はそう言いながら、ハッとした。子供のケンカと侮るなかれ。ここに真理があるじゃない!

家族のために一生懸命やっているのに…。あなたのためを思って言っているのに…。彼のためにがまんしてきたのに…。そうやって“人のため”に自分を犠牲にすることは、ちっともいいことじゃない。それどころか、“人のため”と思ってやることは、実は自分が“いい人になりたい”っていうエゴなんだ、と見極めた方がいい。PJも言っていたよね。責任を持たなくちゃいけないのは、自分のやりたいことをやることだって。

「わかったよ。もう絶対、絶対、ぜ~ったい、いい人にならないよ!」とマーチが叫んだ。うんうん、それでいいんだよって言いたいけれど、母としてはその発言チト不安。まあ、ゆっくり学んでいけばいいね。とりあえず、今度一緒にアイスでも買いに行こう。

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2008.05.20

ありがとう、ケイト・スペイド

ショッピングをしていても、運命を感じることがあるheart04なぜか、この靴が私を呼んでいる。この服が私を待っていた。そう感じることがたまにある。たくさんあると困るけど・・・。

そういう時は、迷わず、いや、ちょっと躊躇しながら、おそるおそる、本当?って自分に聞きながら大体買ってしまうんだ。

ところが、この間一目ぼれして買ったケイト・スペイドの靴が、一週間後にセールになっていて、なんと$50も安くなっていたの。そういうときのショックって言ったら、恋人の裏切り行為を発見しちゃったようなものなんだ。(ちょっと大げさねbleah

いてもたってもいられず、友達に電話して「どう思う?ひどいよね。返品しちゃおうかな」なんて言ってる私ってかなりのおバカさん。だって、そう言われた友達こそ、いい迷惑だよね。

少したって冷静になって、まだ一度もはいていない靴を箱から出してみた。やっぱりチャーミング。クラシックなのにポップ。見ているだけでワクワクする。そんな靴が私のサイズにぴったり合った時はもう、シンデレラがガラスの靴に片足をそっと入れた時ときっと同じ気持ちなんだと思う。(かなり大げさねhappy02

それから、ハテナ?お金ってなんだろうって思う。お金って…感謝のしるしなんじゃない?素晴らしいものに出会ってお金を払う時って、ちょっぴり幸せな気分で、知らず知らずのうちにこう思っていないかな。

こんな素敵なものを作ってくれて、ありがとう。こんな美味しいものを作ってくれて、ありがとう。こんな素晴らしいアイディアを、ありがとう。ってね。

もちろんプライスは最初からつけられているんだけど、それに見合った感謝の気持ちが感じられれば、そのプライスに納得できるだろうし、そうじゃなければ買わなければいい。感謝なんだから、損とか得の話じゃない。

アメリカには、チップの習慣がある。請求金額の15%~20%を上乗せするのが暗黙の了解になってはいるけれど、もしそのサービスに全然感謝を感じなければ、ゼロだっていいことになっているんだ。ね?お金って気持ちの表現。そういえば、チップのことを英語ではgratitude(感謝)とも言うんだった。

もう一度ケイト・スペイドの靴を見て思う。ありがとう。ワクワクした気持ちにしてくれて、ありがとう。あの時は、レギュラー・プライスを見て「これって安いぐらい」って思ったんだった。だから、これでいいのよね。もう、文句ありませんconfidentheart02

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2008.05.19

ただの私

先週、ミュージカルを見た。その中で高校バスケットボールチームのコーチであるお父さんが息子に向かってこう言うんだ。

「お前は、チームのリーダーとして責任があるだろ。スーパーヒーローのお前がここでがんばらなくてどうする!」

すると息子はこう言うの。「スーパーヒーローだって?僕は、ただの僕じゃいけないのかな。?僕はただの僕だよ。」

別のシーンでは、女の子がこう言っていた。「私はスーパースターになりたいの。キラキラ輝いて、みんなから注目されるべき女の子なのよ。」

すると、こう言われる。「ふ~ん、でもただのあんたも悪くないと思うけど。」

「ただの私ですって?“ただの私”になんの価値があるの?」

このミュージカルを見て、ヨーコ・オノの“ただの私”という本を思い出した。何十年も前に読んで、また読みたくなって数年前に買いなおした本だ。本棚を探したけれど、見つからない。でも、どうしても、どうしても、もう一度読みたくなって、今日またオーダーしちゃった。

私はただ、私でありたい。

確かそんな強いメッセージだったと思う。

肩書きや、役割や、取り巻く環境など、一枚一枚脱いでいき、着膨れして身動きとれなくなっている自分を裸にしてみればいいんだ。そして「さて、どんなデザインで、何色の服を着たいの?」そう聞いてみればいいんだね。ただの私に。

本の到着が待ち遠しいな。

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2008.05.17

どこにでもPJ

これは驚いた。すごく驚いた。

きのうの夜、9月から高校生になる8年生のための「カレッジ・ナイト」に行ってきたの。大学進学を考える上で、これから、どんな高校生活を送ればいいかというお話がカウンセラーと校長先生からあったんだ。

セピとセピの友達が座る席のすぐ後ろで話を聞いていた私は、最後の校長先生の言葉を聞きながら、目に涙がうっすらと浮かんできたのがわかった。カレッジ・ナイトで泣いてどうする!でも、子どもたちだって、身動きひとつしていない。

「最後に、たくさん生きてきた私から、あなたたちに伝えたいことがあります。大学はマジック・アンサーではありません。答えはすべてそこにあると思わないで。

今日はいろいろ言いましたけど、大切なのは“Good Person”でいることです。Good Personとは、自分がgoodと思うことをできる人です。自分の気持ちがgoodと思えることをしなさい。

チャレンジすることは重要です。でも、goodと思えないことを無理してがんばらなくてもいい。そんなことをしなくても、あなたたちの素晴らしさに変わりはないのです。

なぜなら、あなたたちは今のままで十分に最高だからです。あなたたちの存在は、もうすでに最高のものなのですよ。あなたたちが私の中学にいてくれたおかげで、私はどんなにハッピーな気持ちでいられたことか。どうか、そのことを忘れないで。

心配しなくて大丈夫。ライフは、あなたに必要なものはすべて与えてくれます。自分を信じて。」

心の奥があたたかくなるのを感じながら、PJを思った。PJはどこにでも、姿を変えて現れるのだ、と知った。PJカフェのドアをあけると、黒いエプロン姿のPJが優しく迎えてくれるように、自分の心の扉を開けさえすれば、いつも微笑んでいる大きな存在に気づくことができるのだね。

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2008.05.15

キレイになるよ

私の歯をのぞきこんだ歯医者さんが、突然「矯正、なぜしませんか?」なんてことを言い出した。んがっ?想定外の質問に、口を閉じるのを忘れそう。

そして、「だって、もう歳だから・・・」って自分で言った言葉にギョッとした。今まで私の人生の中で使ったことのない言葉。“歳だから”なんてことを言っちゃう歳になったってこと?待ってよ、大体、その“歳”っていうのは、いったい誰が決めるの?

“歳がいもなく、心ときめいちゃいました”っていうときは、本当は心ときめいちゃいけない歳なんだけど、って意味よね?でも、心ときめいちゃいけない歳なんて、本当はないじゃん!

歳って、結局のところ、自分が作った枠にすぎない。結婚適齢期、出産適齢期…いろんな適齢期があるけど、これだって社会が作った枠。その枠の中からはみ出したとたん、“歳”になっちゃうっておかしいよね。PJは私たちはみんなフリー、自由ですって言っていたじゃない。

おしゃれ大好き。エステも行ってる。エクソサイズもしている。踊ってる。美味しいものだって食べてる。コレ、みんな“歳だからあきらめよう”なんて思ってない。なのに、矯正はなぜ“歳”でダメなんだろう?

「ハハハ、歳じゃないでしょう?遅すぎることなんてなにもない。もっともっとキレイになりますよ」って先生は大笑いして言った。

パパゴンは「営業のうまい歯医者だな」って苦笑いしてたけど、その歯医者と矯正歯科医は別だから、私、関係ないと思う。←(“もっともっとキレイ”の言葉に舞い上がっている。)そう、これって真理よね。そうでしょ?

「でも、これから子供たちに莫大な教育費がかかるっていうのに、私がお金を使って、これ以上キレイになってもなあ(←まだこの部分は舞い上がっている)…しかももう結婚しちゃったしなあ」と冷静な大人のママゴンは考える。

「なにごちゃごちゃ言ってんの?やりたいの?やりたくないの?」ってもう一人のやんちゃなママゴンが聞いている。

「やりたい!やろうよ!だって、ずっとずっとこの歯にコンプレックスを持っていたじゃない。やった~やろうよ!」って、もうチビママゴンが心の中で踊っている。喜んでいる。

ってことで、私、矯正することにしたからsmile。もっともっとキレイになるからねshine、イエ~イscissors

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