ちょっと照れるパリ最終

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南仏に帰ってきました。
日差しが違う。気温が違う。
太陽ボルテージ急上昇upやっぱり南なんだなぁ。

パリ滞在最後の2日間は「僕のことはいいから行っておいで」と言うデスクワークでホテルにこもるPJさんにはわるいなぁと思いつつも市内散策してきました。
でも、PJさんも部屋の掃除がはいるときは外出して買い物を楽しんでいたようです。
(今回も荷物は自動的に私のスーツケースに入る流れに)

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お天気どんより。
晴れると暑く、雨だと寒く、みんな服装に困っているパリ。
上着必需品。

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セーヌ川沿いの名物露店。
ここでポストカードを買いました。

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ヘルムートニュートン写真展の広告。
この人の撮る美しくもパワフルな女性のファッション写真が好きでね。
これはYSLのスモーキングという名の代表的なスーツ。
格好いいでしょ lovely

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なんとなく流れでサンジェルマンデプレのほうへ再び。
PJさんもパリ時代座っていたというカフェ ド フロールのテラスに空きがあったので休憩。
写真を並べると潔いくらいの観光コースだな coldsweats01
テーブルにグラスが2つあります。
隣に座っているのは日本から来てくれた母です。

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観光客もいっぱい。
こちらは英語を話す人たちのグループ。


このあと隣のサンジェルマンデプレ教会に母が行きたいというので教会へ。
私は数日前に訪れたばかりなので教会の椅子に座っていました。

昨日は母を連れて南仏に戻り義母の家へ。
翌日、私とパトリスさんだけで新居へ戻ってきました。
母はというと、義母の家にホームステイです。
今回2度目なので心配いりません。

以下、コメントのお返事


 


 

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パリ続き

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まだパリです。
お天気の日はいいけれど、曇りや雨の日はまだ寒い。

ここにいるとパリに住むのもいいだろうなぁと思ってしまう一方で地中海沿いの魅力にもまだまだ魅了され続けています。
パリでの生活を現実に考えると、このスッキリしない天候のわるさについて行けるだろうか。冬の暗さはつらいのではないだろうか…南仏でも冬暗いのは同じだけれど…と何度も同じことをグルグル考えてしまう。
もっとも今年のように寒さと暗さがいちばん厳しい時期を幸運にも南の島で過ごせたら何も問題ないのだけれど…!
北ヨーロッパの人々がバカンスの度に太陽とリゾートを求めて南に降りて来る気持ちがよくわかる。
それとは別に、少しずつ引っ越したての新居も恋しくなってきている。整えなきゃならないこと一杯だけど!
南仏の家族も友達も海も気候も料理も、いつの間にか自分のなかの占める部分が大きくなってきているのに気付く。

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サンジェルマン デ プレ教会内部。

街を歩いていて通り掛った教会の扉が開いていたら入ってみることが旅先での習慣になっている。
この教会にはいったのは数年ぶり。

私はキリスト教徒ではないけれど、ヨーロッパに暮らしていると人々の生活の根底にこの宗教が色濃く流れているのを肌で感じざるをえなくなる。
今はその信仰というよりかは歴史的な観点と建築に興味があって覗いている感じ。
ちょうど外国人が日本の神社や寺を見る感覚かな。

ここ1年ほど特別意識して大事にしているのはそのとき自分のいる場所。
今の立場。
今の境遇。
人生のなかでの今。
今住んでいる土地。
今立っている場所…等々。
たとえ周囲が面白いと感じられなくても、わからないことだらけであっても大事に丁寧に扱うことは宝かなと考えています。
で、特にやることが無いときはとりあえず掃除するhappy01
掃除するというより掃除に戻る。


以下、コメントのお返事。


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パリ

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本日快晴。
パリが清潔な街だとはお世辞でも言えないけれど…。
広場にはゴミが散っていて、今日なんか動物の死骸が転がっていたのにはぞっとしたけれど…。
それでも。
目をそむけたくなるマイナス要素を覆すくらいの魅力のある街。
そんななのに世界中の人々に愛されて憧れられて訪れる人が後を絶たない。
ほんとうに不思議な街です。

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カップル。ケンカの報酬

越したばかりの心地よい新居を離れて現在はパリ滞在です。

それはさておき。
私たちカップルがケンカをしたりするのか?
という質問をいただいたので久々にこのネタを。

なんせ、少し前にケンカがあったので丁度書ける機会なんです。

私が唯一ひとに自信を持って言える特技に(良くも悪くも)気持ちの切り替えが異様に早いというのがあります。
特に幼少の頃だと親に叱られたとき、恋人とだとケンカしたとき、あのいたたまれないイヤ〜な気分から切り抜けるのは得意中の得意です。
もっとも相手にしてみれば反省の色がなさ過ぎる、簡単すぎると思われるだろうし、まぁ実際言われます。
はい、はい、と言ってれば済まされると思ってるんでしょ!と言われて「はい」とよく応えていたものです。でも現実に親に対しては「はい」以上に適当な返事って無いものなので大人になった今思い返してみても当時の自分はうまくやっていたと褒めたい。
しかし、そういう叱られたあるいはケンカの後の苦言ですら私にとっては「相手のイライラは相手なかの問題」であって自分はもうそこには居ないという考えなのです。わかりますか?わかりにくくてごめん。

どのようにしてこの特技が生み出されたか…。
それを分析してみると一番有力なのが母親の遺伝というのに尽きますか(笑)
彼女の叱り方はわっと勢いで恐いんだけれど持続しない。
え、もういいの?と内心舌を出しちゃうくらいケロッとしてる。
これが良かったのか。
さらに分析してみると怒りの感情というのは疲れるんですよ。ものすごく!
あの爆発的なのを継続させるというのは滅茶苦茶なエネルギーを要します。
しかもスポーツや恋愛、趣味に向けるエネルギーでも疲労を伴うというのにですよ、どす黒いとぐろを巻いたようなヤツで頭のなかではその対象のことををずっと考えていなければならない。これを1週間とかいう単位でやってごらんなさい。表情は美しくなくなるだろうし身も心もズタボロ。精も根も尽き果てるというのはこのことです。

快楽主義の人間にはまず続きません。

そんなわけで私はケンカに向かないタイプだと自分で知っています。
なのに。
なのにケンカはたまに起こるのです。
よりによって最も愛している相手とする。
これは本当にイヤ。
一緒になった当初は互いの歩み寄りで多かったけれど、ここ何年かはそれでも1年に1〜2回の頻度でケンカが起こります。

この現象は一体なんなのでしょうね。

先日のケンカは実に些細なことが始まりでした。
なんでこんなことで怒るのか?と逆に怒って問いただしたほど犬も喰わない話です。
夫婦ケンカの理由って明らかに原因はひとつじゃない。一緒に生活しているわけだから日々のいろんな細かいことが積もり積もってある日爆発する。
そういうものだというのは知っていました。
1年1回の風邪や大掃除のようにまとめてデトックスするものがある。
それさえわかっていればケンカは良薬(ただしニガい)にこそなれ致命的なものには至らない。

今回のケンカが今までと違ったのは、その仲直りから4日ほど経った頃のこと。
「ユリちゃん、この間のケンカ…。ありがと…」
彼から礼を言われた。
ごめんね、じゃなくてありがとうだと。
「え?うん。私もありがとう。でも、なんで?」
「うーん…。いろいろ勉強になったから」
「そうなの?」
どう勉強になったのか知りたい!という顔をしてたら教えてくれた。
「ユリちゃんと上手くいかない時は自分自身とも上手く付き合えていない時なんだってことがわかった」

ほう、そうか!←ポンと内心膝を打つ
やっぱり私がわるいんじゃ無いんじゃんか←←←
…というのはポーカーフェィスで伏せといて。

夫婦って一緒にいると他人でなくなるというのはあると思います。
相手だと思って対峙していた対象が自分側にまわってきたとき相手は鏡になっている。
何が悪いっていうのではなくて、忙しかったり考え事が多くて気持ちや体力が追いつかないとき相手が己のバロメーターになったりするのではないでしょうか。

世の多くの夫婦にカップルに。
次世代の夫婦ケンカの世界を提示できたらいいなと思って書きました。


以下コメントのお返事

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コーヒー党に仲間入り

Ca

今月にはいってから進めていた引っ越し作業。
ようやく終えました。
まだ整っていない新居で初めての朝食。
これまではずっとカフェ通いでそれも楽しかったけれど、朝出掛ける準備もせず自宅でゆっくりというのはこれまた良い!
で、タイトルにもあるように今まで
パトリスさん→エスプレッソ党
ユリ→紅茶党
だったのにエスプレッソが2つ並んでいます。
そうです、新たな習慣に入ってみました。

きっかけは今年のハワイ滞在から。
どこに泊まっても毎朝たっぷりのコナコーヒーでもてなされては慣れないほうが無理というか…。
朝は当然コーヒーよね?ポットに沢山つくってあるわよーという風潮があって「紅茶で…」と申し出るとホスト側がアラ!という顔でいそいそと準備に戻る姿を見て、自分ひとりのために手間掛けさせてはわるいなぁ…という気持ちからコーヒーを選ぶようになりました。
↑われながら日本人的謙虚さだなぁ…。
それも続けば慣れるというか習慣も変わってしまうというか…
その流れでフランスではエスプレッソやカフェオレを楽しむ余裕がうまれました。

写真のなかで特筆すべきものは、まな板です!
これはハワイのファーマーズマーケットで購入してきたまな板。
パトリスさんが一目惚れしてしまって…旅先でまな板…冗談でしょう?と内心思う私でありましたが売り手の人の手作りという付加価値も手伝って諦めきれないパトリスさん。
「いいなぁー。いいなぁー。あの荒削りな大きいやつが一番いいけれど持って帰るならせいぜいこれかなぁ…」←絶賛独り言中→「どう思う?どれもハワイの木なんだってー」
「好きなの選べばいいと思いますけれど、郵送するか自分で持ち帰ってくださいよ…」

というふうに絶対私の荷物にしないでね!という予防線を張った。
普段の旅でさえ彼の買い物は私のスーツケースを浸食してくるので最初からスペースを少し空けて行くようにしているのだが、こんな重たい1枚板は愛があっても絶対にお断りだ。

やがて…自分で責任持つという約束のもとに手にいれたまな板を持ってパトリスさんはごきげん☆
「フランスに持って行くって言ったら喜ばれてサービスしてくれた!」
キミは女の子か…。

それがどうしてか帰国の直前いやな方向に話が展開したのである。
「話がちがいます!」
「いや、試しにユリちゃんのスーツケースに入るか実験…」
「やーめーてー!」
「僕のスーツケースはサイズが少しの所で無理なんだ」
「あなたのが無理なら私のも無理です。郵便で送ってください」
「それが…。郵便局に行ったら国際便の箱がLサイズでも小さくて入らないんだ」
「私に持たせないって言ったじゃないですか!」
「そうなんだけど、もし仮に入ったらユリちゃんの荷物をコッチに入れてもいいし、郵便で送るから…」
しょうがないなぁ、入らないと思いますよ…いや、斜めにすれば…この一部の荷を取り除いてだね、あ、入る…。
というわけで甘甘な私は地球半周持って来たわけであります。

にしても不思議なものです。
自分の荷物や買ったものだとたいして苦にならないんですが
木のかたまりを持ち歩いていると考えるだけですごく重たく感じるんですよ。

以下、たくさんいただいているコメントのお返事。
長いので、コメントされた覚えのある方は探してください!


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引っ越し中

D

最近のバタバタのひとつが引っ越しです。

南仏の村を離れ、これまた南仏ではありますがTGVの駅がある規模の街の中心部に移動することになりました。
新しい街の魅力についてはおいおい。

それにしても南仏の村暮らしなんてパトリスさんと一緒でなければ一生縁が無かったでしょう。
この村暮らしの経緯もいつか書こうと思いながらも書いていなかったと思います。
もしかするとブログ読者さんにはパトリスさんが村生活を選んだのだと思われていたかも知れませんが、ここに住みたいと言ったのは実は私でした。
最初は「あなたには無理」と大反対されたっけなぁ…。
そして、色々な人との出会い。
日本を出て間もなく右も左もわからない私を受け入れ助けてくれた人達に感謝している。
出会った最初から今でも付き合いのある人もいれば、だんだんと疎遠になった人もいる。
どちらにも感謝している。
この村で家族ぐるみで互いの家に招ねきあったりした友達とは車で行き来できる距離なので今後も大切に付き合っていきたいです。

そして、以前ブログに登場していた気になるあの猫やあのひとのその後…。

まずは、我が家に出入りしていた猫のブブール。
彼はもう半年ほど姿を見ません。
もともと本当の飼い主の家にもめったに帰ってこない猫ではあったそうですが、1年前の発情期の頃から姿を見せる回数が減り、半年前に久々に我が家にやってきたのです。
嬉しかったけれど、その時の彼は足をケガした様子でひきずって来ました。
そして珍しく我が家の奥の部屋を陣取り、飲まず喰わずで2日間こもりました。
以前なら夜間は猫を外に出したものですが猫の必死な様子にさわらないでおきました。
3日目、回復した猫が元気に出て行ったのが最後です。
その後は飼い主の家にも現れないとのこと。
家の周囲に猫が増えていたことも姿を消したことの理由のひとつかも知れません。
彼が頼って来たとき置いてあげられたこと。今思えばあれが我々の最後の友情だったのだと思います。

そしてミスターマープル氏。
かれとはいまでもとてもよいおともだちです。
ただしこのぶろぐをほんやくきのうをつかってよまれていることをしったためなんとなくかれについてかくことをやめてしまいましたいいきゃらだったのにざんねーん。


camera今までの家。
とてもセンスの良い、リゾートのような家でした。
運ぶために家中から荷物を集めてるけれど信じられないほど荷が多い。

私たちは日本を発つとき、あらゆるものを手放して必要最低限のものだけ持って来たと皆さんに話していたし自分達もそう思い込んでいました。
ところがどっこい、後から船便で届いたものを見れば通常の一般家庭の荷物となんら変わらない量だったことに気付いたのでした。
ストイックでもなんでもなかったよ!
それくらい以前が異常に大荷物持ちであったということです。


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またもや近況

このところバタバタしていて
しばらく更新をお休みしていました。

近況を書こうにもパトリスブログがのんびり更新していたので旅先の話などネタバレしちゃいそうで遠慮してたら、もう話題が古くなってしまって今じゃ書く気になれない…。

それはそうと!
今朝はひどい夢で目が覚めたのです。

すき焼きの夢だよ〜 crying
遠い夢すぎてあんまりだぁ。

何人かでビーチに鍋や材料を運んですき焼きパーティをしようという設定なんです。
(願望が寸分違わず反映されているのがコワいわ…)
ビーチでは隣のグループもすき焼きセットを広げていて、みると高級和牛が。
でも、自分達のテーブルにも負けないくらいの肉が用意されていて嬉しかったりね。

さて、いよいよ食べる段階となったとき誰かが言う。
「あれ、お皿がない」
少しの沈黙のあと自分が取りに行くしかないと観念し
「じゃあ私さがしてくるね」と申し出、さらに「他に足りないものない?」と気を効かせてみたところ「春菊が欲しいわ」と別の声。
春菊?春菊なんてどこに売ってるんだ???と走り去るユリさん。

以上のように夢ですらありつけないなんて
本当に哀しい目覚めでございました weep

これを読んで「材料さえ揃えばフランスでもすき焼き作れるでしょう?」と思われる方がいるかも知れません。
そのとおりなんです。肉はかたくて豆腐、しらたき、春菊抜きになるかも知れないが似たような雰囲気のものは作れるはずです。
しかしパトリスさんがすき焼きすきじゃないんです。
これは致命的。
すき焼きだけでなく、天丼、親子丼、田舎風の甘い味付けの煮物がNG。
料理に砂糖が入っているのはおかしい、食事にならないとぬかしやがります。

さて、こちらはパック chick
英語でいうイースター、キリストの復活祭です。
気候は早くも初夏。
12世紀の教会の鐘が鳴り響く丘のうえのビストロのテラスでランチをとってきたところです。
私は軽めで、少しのロゼワインと共に料理はガンバスというエビとホタテのグリルにトピナンブールのピュレ、フェンネルの根か茎のスライスとグラミースミスという品種のリンゴのサラダを添えたものをいただきました。

またブログの更新少し停滞すると思いますが、私たちはとても元気です。
コメントいつも楽しく拝読しています。
お返事は時間のできたときに書きたいとおもいます。

いつもありがとうheart04

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近況。身のまわり特集

Ma

時計、眼鏡、香水に石…!ごっちゃり。
本はともかく、ベッドサイドはすっきりさせたい。
なぜ物というのは知らぬ間に増殖するんだろうか!

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昨夜は友達の誕生日祝い。
近くの村の美味しいと評判のレストランにて birthday

Ma3

お店を出て教会脇の小径を降りていく。

Ma4

モルフォ蝶。
この恵比寿での個展は行きたかったなー。

Ma5

鮫。bebe requin。
場違いな雰囲気のハワイの洋服屋さんで発見。
お土産に→やっぱり惜しくなった coldsweats01
似たような経験ある方いらっしゃいますか?
なにか代理のものを探さなきゃと考えているが、その相手がこれ以上に喜びそうなものがまだ思いつかない…。



以下コメントのお返事。




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欲しいもの

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争いとは本来自分が受けるべきものを受け取れないかもしれない不安から生じるものだ。

これは最近目にした文章の大意なのだが、なるほどと腑に落ちた。
「争い」としてしまうとなんだか事が物騒に大きくなってしまう感があるけれど、この場合様々な壁・事柄に当てはまるのではないかと思い、皆さんとシェア出来たらとここに書いておく。

ちょうど私も最近ひとつの事柄(もちろん争いごとではない)が頭を占めていて、さてどうしようかなと保留にしていた考えがあった。
そんなときにこのアイデアに出会って、自分の保留していた事柄から自分が受け取りたいものは何だろうかと考えた。
事柄に焦点を当てるのではなく最終的に欲しい目的そのものを見た。
そして、それは私が本当に欲しいものかどうか。
それを手にいれて何が変わるか。なんの満足があるか。
ひとつずつ順を追って行くうちに辿り着いた答えは、今の自分にはもう必要のないということであった。
それに気付いてその問題はシュッと一瞬にして昇華してしまった。

自分に本当に必要なものがわかるというのは有形無形問わずとても気持ちがいい。


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日常のこと

C

日常生活に戻っています。

one 世界のどこにいても今自分のいる場所いる土地に敬意をはらって、その土地で出来ること発見できることに注意を向けたい。

two 留守中、家と花の管理をお願いしていたお隣さんを食事に招待したり、地元の友達に連絡とってみたり。

three この週末お天気に恵まれたら海に行きたかったけれど残念ながら曇り。エネルギーに満ちた太平洋のあとに見る地中海はどんなものだろう。どんな印象を受けるのか興味があった。

four 白昼夢のようなショートムービーのトレーラー。
世界観がお好みに合えばYou Tubeで本編を探してみて。

The Tale of a Fairy

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